東京藝術大学体育研究室

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2013.4.8
ことば(1) 「ゲーテとの対話」エッカーマン著

美術学部体育研究室、高橋亨教授が日々の中でみつけた「ことば」を紹介します。

 

『ゲーテとの対話』 エッカーマン著 山下 肇訳  岩波文庫

「詩人が毎日現在を相手にし、目の前に提供されるものをいつも同じ新鮮な気持ちで扱っていると、かならず何か良いものができるし、ときにはうまくいかないことがあっても、それですべてが御破算ということにはならないのだ」(上巻P60)

 

弟子のエッカーマンが1823年〜1832年の10年間のゲーテとの対話を記録したもの。200年近くが経過したいまもなお、その言葉の一言一言は新鮮で、しかも力強く私たちを励ましてくれる。ともすれば、「独創性」や「個性」に心奪われがちな「ひ弱な現代人」の私たちは、「古典に刺激を受ける習慣」の大切さを忘れていないだろうか。古今東西、「時代を透徹する目」と「人間への洞察力」こそが文化の水準を決めるというゲーテの確信をみる。

 

「これから何年先に、どんなことがおこるか、予言などできるものではない。だが、そう簡単に平和はこないと思う。世の中というものは、謙虚になれるような代物ではない。お偉方は、権力の濫用をしないではおれないし、大衆は漸進的改良を期待しつつ、ほどほどの状態に満足することができない」「世の中の状況というものは、永遠に、あちらへ揺れ、こちらへ揺れ動き、一方がしあわせにくらしているのに、他方は苦しむだろうし、利己主義と妬みとは、悪霊のようにいつまでも人々をもてあそぶだろうし、党派の争いも、はてしなくつづくだろう」(上巻P114)

だからこそ、「いちばん合理的なのは、つねに各人が、自分のもって生まれた仕事、習いおぼえた仕事にいそしみ、他人が自分のつとめを果たすのを妨害しないということだ。靴屋は、靴型の前にいつもいればよいし、農夫は、鍬を押していればよいし、君主は国を治める術を知ればよいのだ」と説く。「さしあたっては、いつも専ら小さな対象ばかりを相手にし、その日その日に提供されるものを即座にてきぱきとこなしていけば、君は当然いつでもよい仕事をはたして、毎日が君に喜びをあたえてくれることになるだろうよ」

 

具体的なアドバイスがここにある。まさに日々新鮮な気持ちで、「自分には何ができるのだろうか」と自問することが自分の道を見いだす「第一歩」なのかもしれない。

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ことば(1) 「ゲーテとの対話」エッカーマン著

美術学部体育研究室、高橋亨教授が日々の中でみつけた「ことば」を紹介します。

 

『ゲーテとの対話』 エッカーマン著 山下 肇訳  岩波文庫

「詩人が毎日現在を相手にし、目の前に提供されるものをいつも同じ新鮮な気持ちで扱っていると、かならず何か良いものができるし、ときにはうまくいかないことがあっても、それですべてが御破算ということにはならないのだ」(上巻P60)

 

弟子のエッカーマンが1823年〜1832年の10年間のゲーテとの対話を記録したもの。200年近くが経過したいまもなお、その言葉の一言一言は新鮮で、しかも力強く私たちを励ましてくれる。ともすれば、「独創性」や「個性」に心奪われがちな「ひ弱な現代人」の私たちは、「古典に刺激を受ける習慣」の大切さを忘れていないだろうか。古今東西、「時代を透徹する目」と「人間への洞察力」こそが文化の水準を決めるというゲーテの確信をみる。

 

「これから何年先に、どんなことがおこるか、予言などできるものではない。だが、そう簡単に平和はこないと思う。世の中というものは、謙虚になれるような代物ではない。お偉方は、権力の濫用をしないではおれないし、大衆は漸進的改良を期待しつつ、ほどほどの状態に満足することができない」「世の中の状況というものは、永遠に、あちらへ揺れ、こちらへ揺れ動き、一方がしあわせにくらしているのに、他方は苦しむだろうし、利己主義と妬みとは、悪霊のようにいつまでも人々をもてあそぶだろうし、党派の争いも、はてしなくつづくだろう」(上巻P114)

だからこそ、「いちばん合理的なのは、つねに各人が、自分のもって生まれた仕事、習いおぼえた仕事にいそしみ、他人が自分のつとめを果たすのを妨害しないということだ。靴屋は、靴型の前にいつもいればよいし、農夫は、鍬を押していればよいし、君主は国を治める術を知ればよいのだ」と説く。「さしあたっては、いつも専ら小さな対象ばかりを相手にし、その日その日に提供されるものを即座にてきぱきとこなしていけば、君は当然いつでもよい仕事をはたして、毎日が君に喜びをあたえてくれることになるだろうよ」

 

具体的なアドバイスがここにある。まさに日々新鮮な気持ちで、「自分には何ができるのだろうか」と自問することが自分の道を見いだす「第一歩」なのかもしれない。